『持駒使用の謎』(木村義徳九段著)を興味深く読みました。見解は異なりますが、 錯綜した論点を整理するためメモ書きを作ったのでご笑覧ください(敬称略)。 要するに原将棋(3)からの展開は... + 5J + 6J => 消滅 <-ほぼ同時?-> | 日本 + 1E + 1T + 2T + 1J + 2J + 3J + 4J + 6J => 現行 11c 中国 + 1E +(1T?) + 4 + 5 + 1C + 2C + 3C + 4C + 5C 韓国 + 1E +(1T?) + 4 + 5 + 1C + 2C + 3C + 4C + 1K カンボジア+ 1E +(1T?) + 4 + 5' + 1C +(2C?) タイ + 1T + 2T + 4 + 6 西欧 + 4 + 5 + 6 + 1W + 2W + 3W + 4W 10c? 13c 15c 17c でしょうか ~ 4, 4J は10世紀(10c)頃にほぼ時を同じくして発生したイベントか? 【束縛条件】 『玄怪録』(牛僧孺779-847) => 3 ~ 3+1E+1Tの何れかが8c末の中国で使用 『二中歴』(1120頃成立) => 3J は12c初よりも前(9c初?) 興福寺駒(1058頃)の成駒表記 => 4J は11c中よりも前の可能性大 (11c初?) 『普通唱導集』(1297-1302頃成立) => 4J は14c初以前であることが確実 最後の遣唐使(838)、廃止(894) => 4 は10c以降のイベントで日本に来ていない? (ただし渤海使経由で入った可能性はある) 中国宋代出土駒 => 3C または4C は 11c か? 【駒の名称の対照表】 +------+------------+--------+--------+--------+-------------+------------+ | | 日本 | 中国 | 韓国 | タイ | カンボジア | チェス | +------+------------+--------+--------+--------+-------------+------------+ | 王 | 王将、玉将 |*將、帥 | 漢、楚 |KHUN(王)|KWON (王) | キング | | 将 | 金将 | 士、仕 | 士 |MET (種)|NEAMAHN(官吏)| クイーン | | 象 | 銀将 | 象、相 | 象 |KHON(根)|KWOS (象) | ビショップ | | 馬 | 桂馬 | 馬、罵*| 馬 |MA (馬)|SEH (馬) | ナイト | | 車 | 香車 | 車、俥 | 車 |RUA (舟)|TUUK (船) | ルーク | | 兵 | 歩兵 | 卒、兵 | 兵、卒 |BIA (貝)|TRAI (魚) | ボーン | |その他| 飛車、角行 | 砲、炮 | 包 | | | | +------+------------+--------+--------+--------+-------------+------------+ *将と將の区別は、本稿の表記上の便宜のため。 罵は略字体のにんべんに馬(Unicode - 0x508C)が正しい。 【イベント】 1. 原4人制チャトランガ サイコロを使う。 駒の動きは推定で、 王: 王将に同じ(1枚)。 象: 銀将に同じ(1枚)。 馬: 桂馬に同じ(1枚)。 車: 香車に同じ(1枚)。 兵: 歩兵に同じ(4枚)。 # 車は『将棋の来た道』(大内延介)ではルークと同じだが『玄怪録』 # を考慮すると、香車と同じとした方が整合する。 2. 2人制チャトランガ 4人制の2組をあわせて1組とする。色で敵味方を区別。 将がダブった王のうち1枚から変化して発生。 兵は2段目に配置される。 将: 斜め四方に1つ。 兵: 敵陣1段目に入ると、将に成る。 # 成りのルールはタイ(マックルック)を考慮。『将棋の来た道』によれば、 # 現行シャトランジは 1W のルール。 3. 原将棋 ~ 『持駒使用の謎』に言う「インドの第1波」 同書 P.46 [図2]日本伝来当初の将棋(推定) サイコロを使わない。 # 『玄怪録』(牛僧孺)に「輜車はまっすぐ突入して引き返すな」 # とあり、古くは中国でも車は香車の動きであったことがわかる。 # しかし、端にしかいられない駒なんて、ゲーム性ありかな? 4. 駒の動きの強化1 ~ 『持駒使用の謎』に言う「インドの第2波」 馬: ナイト(八方桂馬)に同じ。 車: ルーク(飛車)に同じ。 # 『二中歴』の平安大将棋の記述から類推すれば、1E は 4 より前である。 # 1E までは日本・中国共通時代のイベントと考えるべきであろう。 # 日本将棋が 4 を受容しなかった理由は、先(またはほぼ同時)に 4J を # 完了していたからとも考えられる。飛車・八方桂馬各2枚ずつある上に # 持駒使用を許すと、駒が強すぎて勝負が簡単につきすぎるためか? # あるいは、たんに国風文化が進んで外国との交流が少なくなってしまっ # たためか? なお『持駒使用の謎』では立体駒でなくなったためとする。 5. 駒の動きの変更 ~ 『持駒使用の謎』に言う「インドの第2波」 象: 斜め四方に2つ。 # マックルック(コーン)を考慮して、イベント 4 と 5 を分離 # 4 と異なり、前に進めなくなるという性能低下の側面もあるので、4 を # 受容しても 5 はそのまま受容しない地域もある。カンボジア(シャッロン) # では象は王と同じ動き(ただし前の駒しかとれない)~5'と表記~になった。 6. 兵の動きの変更1 ~ 『持駒使用の謎』に言う「インドの第3波」 兵: 駒をとるときは斜め前方に1つ。 # 4人制チャトランガでは、兵の先に王がいるため、前の駒を取るルール # だとと2手で王に達してしまう。斜め前方ルールは都合がよい。 # ソフトウェア『世界の将棋』解説にある説 1W. 兵の動きの変更2 兵: ポーンは敵陣1段目に入ると、その筋の駒に成る。 # これがヨーロッパでの変更であるとの見解は『持駒使用の謎』による。 2W. 兵の動きの変更3 (13世紀) 兵: ポーンは初手のみ前2つ可。アンパサンのルールも同時成立か? 3W. 駒の動きの強化2 (1470-1490頃) 将: クイーンに同じ。 象: ビショップに同じ。 兵: ポーンは敵陣1段目に入ると、キングとボーン以外の任意の駒に成る。 4W. キャスリング (17世紀) キングとルークの位置を入れ替える。 1E. 将を増やす 将を増やして9×9盤(または9×8盤)になる。 将2枚、兵9枚。 # 中国・韓国も将(士、仕)は2枚なので、同様の時期があったと仮定する # ことは合理的。立体駒で兵が将に成る(2 の兵成りルール)場合の為に # 予備の将があったとすると、その予備駒を使ったのかもしれない。 # 日本将棋が線の間に駒を置く9×9盤であることを考慮すると、チェス盤 # の交点を使ったものではなさそう(交点置き 1C はもっと後世)。 1T. 兵の配置 ~ 『持駒使用の謎』に言う「タイの波」 兵は自陣3段目に配置される。 兵は敵陣3段目に入ると成る。 # 日本将棋、マックルック共通。砲の追加前は、中国・韓国でも同様で # あったと考えることも可能だか、現在では痕跡も残されていない。 # タイ起源か否かは不明。中国->タイの流れもあり得る。 # 9×9盤で2段目に兵が置かれると、相手までの距離があきすぎて不便で # あるので、1E と 1T には関連がありそうに思われる。ただし、1T と # 2T は非常に関連が強いため、1T が 1E よりも前であったとすると、 # 日本で 2T が採用されたことが説明しづらい。 2T. 成った兵の裏返し ~ 『持駒使用の謎』に言う「タイの波」 成った兵は、駒を裏返して示す。 # 日本将棋、マックルック共通。 # タイ起源か否かは不明。日本->タイの流れもあり得る。 # ソフトウェア『世界の将棋』解説にある説 1J: 駒形(5角形)の採用 裏返し可能で方向を指示できる5角形の採用。 # 駒の性能は漢字2字で識別する。 # 5角形の先端の方向で敵味方を識別し色の区別が不要になる。 2J: 将の動きの強化 将: 金将に同じ。 3J: 小駒の成り 車(香車)、馬(桂馬)、象(銀将)も将(金将)に成る。 # 金将の性能のアップが前提だから、2Jの前ではない。 4J: 持駒使用 # 「普通唱導集の将棋関係記事について」遊戯史研究5号(佐伯真一) # に紹介される『普通唱導集』(1297-1302頃成立)に「桂馬を飛ばし # て銀に替う」とあり、13世紀末時点での持駒使用がほぼ確実。よっ # てこのルールが戦国時代に発生したとの定説は否定されたと理解。 # 興福寺駒(1058頃)では銀桂歩の裏面の「金」字を書体でかき分けて # おり、11世紀中以前まで遡る可能性がある(木村九段の主張ほど説 # 得力のある証拠とは思わない)。 5J: 酔象の追加 酔象: 前左右、斜め四方1つ。 # 興福寺駒(1058頃)、朝倉駒(戦国時代)に酔象駒あり。酔象は太子に # 成れるため、酔象駒の存在と持駒使用ルールは両立しないとの見解 # あり-『将棋の来た道』。4J と 5J の前後は不明。4J と 5J は併存 # するも同時に使用されたことはないのかもしれない。 6J: 飛車、角行の追加 飛車: ルークに同じ。 角行: ビショップに同じ。 # これらは130枚制大将棋からの流用であり、動きは同一ながら、 # チェスの駒とは別起源。当然大将棋成立後に追加された。大将棋 # の成立の下限は『普通唱導集』(1297-1302頃成立)に大将棋への # 言及があることによって1300年ころ。上限は不明だが興福寺駒 # (1058頃)には飛車、角行はない。つまり、6J は 5J より後。 7J: 酔象の削除(幻のイベント?) # 天文年間中のこととの通説は『諸象戯図式』(西澤太兵衛編 1696) # が出典。これは『中象戯作物』(三世名人伊藤宗看 1663)の記述~ # こちらは酔象に関しては言及していない~を借用しており無意味か? 1C. 交点置き 線上を動き交点に駒を置く(囲碁の影響か?)。 兵(卒、兵)が自陣4段目に配置される。 兵(卒、兵)は中央線を越えると成る(河界の前身)。性能は位置で判断。 # これらのルールをそのまま保持しているのがカンボジア(シャッロン)。 2C. 駒を漢字で識別する。立体駒からの移行。 # 中国・韓国の共通イベント。駒の性能は漢字1字で識別する。もし日 # 本も共通であったならば、日本将棋も漢字1字のはずであり、日本で # の漢字化は 1J で起こったものと推定する。立体駒のままでも 1C は # 可能であることに注意する必要がある。よって 1C と 2C の前後は特 # 定できない。2C は 4 に先行する可能性すらある。 3C. 11×10盤になる # 『中国象棋叢考』(朱南銑)説 砲(炮、包)の追加 砲2つ分横に広くなり盤は11筋。 卒、兵を間引いて6枚とし、砲(炮、包)の射程を確保。 河界の追加 河界の追加分だけ縦に長くなり盤は10段。 象: 象は河界を渡れない。 兵: 卒、兵は河界を渡ると成って、左右に1つ動けるようになる。 九宮という特殊地域を設ける(王は九宮の中央)。 <駒の動きを制限するルール> 王: 將、帥は前後左右に1つ、かつ九宮の中しか動けない。 将: 士、仕は九宮の中しか動けない。 4C. 9×10盤になる 砲(炮、包)の配置を変更し盤は再び9筋。 兵(卒、兵)は5枚。 5C: 王の配置 王(將、帥)を1段目中央に配置。 # 『将棋の来た道』の韓国将棋の方が原型との指摘による。 1K: 駒の動きの変更 河界を削除。 象、馬の初期入れ替え可能。 馬以外の駒の動きの変更 王: 漢、楚は九宮の中の線路上を動く。 将: 士、仕は九宮の中の線路上を動く。 象: 大桂馬(「用」の字)に動く。 兵: 卒、兵は、常に、前・左右に1つ動ける。 敵陣九宮の中では、兵、車は線路上を動ける。