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Dr. Midwest's big database of history 平成4:元熊本県知事の細川護煕が、次の参議院議員選挙を目指して「日本新党」を結成する。 日本 1992- 05- 27  ― Midwest
平成4:26日の第16回参議院議員選挙で、自民党は69議席を獲得し復調。社会党は不振、連合は惨敗、共産・民社は低迷、公明は議席増。細川護煕・小池ユリ子の日本新党は比例区で4議席。 日本 1992- 07- 27  ― Midwest
平成5:日本新党が、非自民の立場をとることを明確にする。経済同友会が理解を示し経団連と意見を異にする。 日本 1993- 07- 21  ― Midwest
平成5:日本新党と新党さきがけが、並立制を提唱する。 日本 1993- 07- 23  ― Midwest
平成5:日本新党と新党さきがけが提唱した政治改革案の「並立制」を、社会、新生、公明、民社、社民連が事実上受入れることを決定する。 日本 1993- 07- 26  ― Midwest
平成5:社会・新生・民社・公明・社民連・新党さきがけ・民主改革連合が、日本新党の細川護煕代表を総理大臣に推すことを決定する。 日本 1993- 07- 29  ― Midwest
平成6:日本新党が、新党さきがけとの合併を断念することを表明する。 日本 1994- 04- 06  ― Midwest
平成6:新党さきがけが、日本新党との合併断念を表明する。これで国内統一会派「さきがけ日本新党」が消えることとなる。 日本 1994- 04- 07  ― Midwest
平成6:日本新党が新たに新会派「改革」を結成し、新生党・公明党が積極的に参加する方針を固める。自民党の渡辺美智雄元副総理がこれに呼応する動きをみせる。 日本 1994- 04- 08  ― Midwest
平成6:日本新党の若手議員10人ほどが新会派「改革」を離れ、国内統一会派「さきがけ日本新党」に戻る方針を固め、日本新党が分裂する。 日本 1994- 04- 09  ― Midwest
平成6:連立与党が代表者会議で現在の連立政権の枠組みで後継首相候補を選出することで合意する。与党各党の幹部が副総理の羽田孜を押すことで調整を始める。日本新党は「改革」参加の呼びかけを中止する。 日本 1994- 04- 12  ― Midwest
平成6:新党さきがけと、日本新党を離党した「グループ青雲」が、統一会派「新党さきがけ・青雲」を結成する。 日本 1994- 05- 09  ― Midwest
平成6:社会党の中間・右派議員の政策集団「デモクラッツ」が、自民党の一部、民社、新党さきがけ、日本新党などと社民リベラル勢力による新会派「新民主連合」の結成を訴える。 日本 1994- 05- 14  ― Midwest
平成6:民社党・日本新党が、社会党の協力を得るため「改新」の会派を解消すべきだとの見解で一致する。小沢一郎新生党代表幹事はこれに強く反発する。 日本 1994- 05- 16  ― Midwest
平成6:社会民主連合が全国代表者会議を開き、党の解散と日本新党への合流を正式に決め、16年間の党の歴史の幕を閉じる。 日本 1994- 05- 22  ― Midwest
平成6:愛知5区選出の日本新党の近藤豊代議士(59)が、水増し領収書を発行し、支持者が不正還付を受けていた疑いがあるとして、名古屋地検と愛知県警捜査二課が近藤代議士の事務所などを脱税と政治資金規制法違反の疑いで捜査する。 日本 1994- 09- 30  ― Midwest
平成6:日本新党が党大会を開き、新・新党参加のために解散を決議する。日本新党は結党から2年半で幕を閉じる。 日本 1994- 10- 30  ― Midwest
平成6:東京高裁が、1992年7月の参院選の比例代表区で日本新党の候補者として次点になったがその後党の除名処分を受け、繰り上げ当選できなかった松崎哲久元党常任幹事の主張を認め、除名が無効であったとする判決を下す。この結果、繰り上げ当選となった円より子議員の当選が無効となることになる。中央選管は上告する。 日本 1994- 11- 29  ― Midwest