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Dr. Midwest's big database of history 平成6:村山首相が、来日中の朱鎔基副首相と会談し、北朝鮮核開発問題の解決のために中国が北朝鮮に働きかけることが必要だとの考えで一致する。 日本 1994- 02- 24  ― Midwest
平成6:ニューヨーク外国為替市場で、村山首相誕生で日米経済関係が混乱するとの予測が広がり、一時1ドル98円62銭まで円高が進む。 日本 1994- 06- 29  ― Midwest
平成6:村山富市首相とクリントン大統領の日米首脳会談が、ナポリ・サミットに先立ってナポリ市内で行われ、村山首相が連立政権に対する理解を訴える。 日本 1994- 07- 08  ― Midwest
平成6:村山首相がナポリ・サミット公式行事の会食の席上、急性胃腸炎で倒れて入院する。サミットには河野副総理兼外相が出席する。 日本 1994- 07- 09  ― Midwest
平成6:ナポリの病院に入院していた村山首相が退院する。 日本 1994- 07- 10  ― Midwest
平成6:村山首相が所信表明演説で、従来の社会党の見解を転換し、日米安保の堅持、自衛隊合憲などを打ち出す。 日本 1994- 07- 18  ― Midwest
平成6:村山首相が、参議院本会議の代表質問に対する答弁で、自衛隊の現在の規模や防衛の水準が合憲であるという見解を示す。社会党がこれまで違憲としてきたシーレーン防衛・リムパック参加・AWACSについても憲法上問題がないとの見解を明らかにする。 日本 1994- 07- 22  ― Midwest
平成6:村山内閣が資産を公開する。最高は河野洋平副総理の97億円。村山首相は3億900万円。 日本 1994- 08- 02  ― Midwest
平成6:広島の平和公園で広島平和式典が行われ、村山首相が出席する。その後記者会見し被曝者援護法成立について慎重な発言を行う。 日本 1994- 08- 06  ― Midwest
平成6:長崎被曝49年式典が行われ、本島長崎市長が被曝者援護法の制定を訴えるが村山首相は明確な態度を示さず。 日本 1994- 08- 09  ― Midwest
平成6:衆院議員選挙区画定審議会(石川忠雄会長)が、区割り作業を終え、300小選挙区すべての線引きが決定する。4年前の国勢調査によると、選挙区の人口が最少となる島根3区に対する人口格差が2倍を越える選挙区は28選挙区となりことが確定する(案は11日に村山首相に勧告される)。しかしこの年3月の住民基本台帳によれば格差2.23倍、2倍を越えるのは41選挙区。 日本 1994- 08- 10  ― Midwest
平成6:農政審議会が、食糧管理法を廃止して農業の生産・流通に市場管理を導入することなどを提言する報告書を村山首相に提出する。 日本 1994- 08- 12  ― Midwest
平成6:桜井環境庁長官が、12日の侵略戦争否定発言の責任をとって辞意を表明する。村山首相は後任として自民党三塚派の宮下元防衛庁長官を任命する。 日本 1994- 08- 14  ― Midwest
平成6:49回目の終戦記念日、村山首相が「世界の人々に筆舌に尽くし難い犠牲をもたらした」と述べ、不戦の決意を強調する。靖国神社には7閣僚が参拝する。 日本 1994- 08- 15  ― Midwest
平成6:村山首相がフィリピンを訪問する。ラモス大統領が夕食会で日本の侵略という過去を乗り越え未来に向けて協力関係を深めていくことを強調する。 日本 1994- 08- 23  ― Midwest
平成6:村山首相とフィリピンのラモス大統領の会談がマラカニアン宮殿で行われ、村山首相が「不戦の決意」と「フィリピンの国づくりへの協力の方針」を表明する。 日本 1994- 08- 24  ― Midwest
平成6:村山首相が、日本の首相として南北ベトナム統一後初めてベトナムを訪問し、キエト首相と会談する。 日本 1994- 08- 25  ― Midwest
平成6:村山首相が、マレーシアを訪問する。 日本 1994- 08- 26  ― Midwest
平成6:村山首相が、マレーシアのマハティール首相と会談する。マハティール首相は日本はいつまでも過去の問題にこだわるべきではないと述べ、日本が国連常任理事国になることを支持する。 日本 1994- 08- 27  ― Midwest
平成6:村山首相が、シンガポールのオン・テンチョン大統領、ゴー・チョクトン首相らと会談する。シンガポール首脳らは、日本の「過去」に対する姿勢を高く評価する。 日本 1994- 08- 29  ― Midwest
平成6:閣議が、武力行使は行わないことを明白にした上で国連常任理事国入りを目指す方針を確認する。村山首相がが来日中のガリ国連事務総長と会談する。 日本 1994- 09- 13  ― Midwest
平成6:衆参両院の本会議が開かれ、村山首相が所信表明演説を行う。副議長ポストを要求する衆院の新統一会派「改革」が与党が譲歩しなかったことに反発して衆院本会議を欠席する。 日本 1994- 09- 30  ― Midwest
平成6:APEC非公式首脳会議に出席するためにインドネシアを訪れている村山首相が、アメリカのクリントン大統領と会談するが、クリントン大統領は中間選挙の敗北でアジア政策を協調路線に切り換え始めた様子を示す。 日本 1994- 11- 14  ― Midwest
平成6:社会党執行部が党を解党し民主リベラル新党を結成することを提案していたが、村山首相が解党に難色を示す。 日本 1994- 11- 22  ― Midwest
平成7:民主リベラル新党結成の時期について村山首相と新民主連合の山花会長が話し合うが、物別れに終わる。社会党が分裂の危機に直面する。 日本 1995- 01- 08  ― Midwest