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今、「改暦辯」拝読させていただきました。 このような貴重な資料を生で拝見出来ましたこと、本当に感動です。 重ねまして、ありがとうございました。
御世話になっております。 早速に御確認と御連絡を賜り、ありがとうございます。 御返信を待っております間に、岡田先生の御名著『明治改暦』の存在に気が付きまして、急遽購入中です。 恐らくはその御本に仰せのことが載っているのではないかと、拝察いたしております。 また、御返信後半のアドバイスも、たいへん参考になりました。 これらのことをヒントにもうひと調べいたしまして、文を仕上げようと存じております。 この度は、突然の質問にも拘わりませず、過分の御対応を賜り、本当にありがとうございました。 心より厚く御礼を申し上げます。
岡田先生に確認してまいりました。 >また、それを裏付ける文献のようなものはあるのでしょうか。 直接には福沢諭吉『改暦弁』である由。 確かに、http://project.lib.keio.ac.jp/dg_kul/fukuzawa/flipper/F7-A18/book178.html を見ると、P.19にそのような記述があります。 当時の啓蒙書にはよくある記述だそうです。 (西洋に遡って典拠を確認してはいらっしゃらないようでした) 私の意見としては、西洋ではむしろ二至二分で季節を区切る感覚では ないでしょうか。中世のころは地域地域によって、一年の始まりが まちまちでした。その中には、クリスマス(12/25)や受胎告知日(3/25) を一年の始まりとするものも見かけられます。これらは、冬至や春分 を時間の区切りとする意識に由来しているように思います。
suchowan様、早速の御返信、ありがとうございます。 私は大阪在住で、3月17日は京都で大学同期の同窓会の幹事の用事もあり、暦の会例会にはちょっと参れないと存じます。 もし宜しければ、この件につきまして、岡田先生にお伺いを賜りましたら、それ以上の幸せはございません。 どうぞよろしく御願い申し上げます。
ちょうど、次の週末に岡田先生にお会いするのでうかがっておきます。 もし東京の近郊にお住まいでしたら、 暦の会<第373回>例会 3/17 14:00-16:00 於 五反田文化会館 にご参加いただければ如何
初めて投稿させていただきます。 私は俳句を作りながら歳時記のことを勉強している者です。 本日入手いたしました最新刊の『日本の歳時記』(小学館)の別冊に岡田芳 朗氏が「暦と季節の基礎知識」を執筆し、その中の12ページに次のように書い ておられます。 「明治六年から実施された太陽暦(グレゴリオ暦)の普及にあたっては、欧米の 季節をそのまま踏襲して、三月・四月・五月を春、六月・七月・八月を夏、九月 ・十月・十一月を秋、十二月・一月・二月を冬とした。」(岡田芳朗) このようなことは本当にあったのでしょうか。 また、それを裏付ける文献のようなものはあるのでしょうか。 私の貧しい知識ですが、現行の太陽暦に固有の季節区分などというものは洋の東西を問わず無いと思います。 これらのことに付きまして、もし何か御存知のことがありましたら、御教示を賜れば幸甚に存じます。 誠に御手数で恐縮でございますが、どうぞよろしく御願い申し上げます。
http://www.cnn.co.jp/business/30005085.html http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-16351377 http://www.timeanddate.com/news/time/tokelau-dateline.html 12月30日がなくなるとのこと
hosi.org サーバーに同時接続数制限をかけました。 これで Internal Server Error の頻度が大きく減ってくれるのではないかと期待しています。
hosi.org サーバーを移動しました。 それほど動作に違いはないはずですが、何か不都合がありましたらお知らせください
停電に備えるため断続的にサーバを停止します。 ご不便をおかけします。
suchowan さん お忙しいところ 詳しい説明を感謝します。 1 かぐやの公転面が月や地球の公転面と直交している;とは初めて知りました 2 かぐやから地球の出や入りが見えるのは地球が かぐやの公転面を横切る時期 のみで年2度というのは驚きです。まだここは充分には理解できませんが、 今後勉強しようと思います。毎日見えるものと思っていました。 地球のテッペンが北極点だなどと云うのは、北半球に住んでいる者が地球儀を 見て考えついたものだということが分かりました。 ありがとうございました
miyoshisさん お久しぶりです。 図がないと難しいですが… 「かぐや」は月の北極と南極の観測ができるように極軌道を周回 →「かぐや」の公転面は月の赤道面と直交 月は常に表を地球に向けており、自転と公転が同期しているので、 →(秤動による誤差を含んで)月の赤道面≒月の公転面 月の公転面と地球の公転面のなす角は約5度 ( see wikipedia 「白道」 ) →(約5度の誤差を含んで)地球の公転面≒月の公転面 以上から、少々誤差はあるものの、 →「かぐや」の公転面は地球の公転面と直交 つまり、「かぐや」から地球の出や入りが見えるのは、 地球が「かぐや」の公転面をよぎる時期のみで、年2度 そのうち一方は、地球の出のとき南半球が上 もう一方は、地球の入りのとき南半球が上 と、なるのではないでしょうか。
suchowanさん久しぶりです。お忙しそうで何よりです。 天文学に疎い者が次のような疑問を持ちました。 日本の月探査衛星が月に到達して、地球が月の地平線に隠れる時の 写真が出ていました。そこではオーストラリアが逆さまになっていて、 上の方に白い氷の南極大陸が見えました。ブラジルの友人は地球の テッペンは南極だと言っていた事がありふしぎに思いました。 その上に白い南極大陸が見えました。 いつもこの様になっているのでしょうか?
>ところで、雨水にあたる日に三島暦で進朔が行われなかった理由はなんだっ >たのでしょうか? (中略) >1.小余が6352であり、6300より少し大きいだけなので進朔を行わなかった。 >2.三島暦作暦者が計算を誤り、小余を6300以下と認識していた。 「三島暦作暦者の計算では、小余が進朔限界に達していなかった」ということだろう と思います。 それが「誤り」と言えるかというと わかりません。 単に宣明暦といっても、端数の丸め方をどうするかといった細かいところまで 完全に合わせないと、同じ結果になりません。現在の我々がやっている計算は、 暦法の定義(旧唐書など)だけでなく、過去に使われた暦計算の草稿(慶安三年の 暦の見行草など)も参考にして復元されたものです。仮に定義外の約束事のゆれの 結果だとすると「誤り」とまで言ってよいかどうか。
ご回答、ありがとうございました。 ところで、雨水にあたる日に三島暦で進朔が行われなかった理由はなんだっ たのでしょうか? ウィキペディアの「改暦」の項の「天正10年の例」のところでは、「天正10 年の暦法については、昭和に入ってから前山仁郎が計算して桃裕行が解説し たものがある(桃裕行「京暦と三島暦の日の食違いについて」)。これによ れば、天正10年12月は大余20小余6352であり、小余6300以上の年は進朔する とした宣明暦法からすれば、進朔が行われ、その結果京暦の通りに1月に閏1 月を置くことになる。ところが、同時にこの方法では1月の中気である筈の雨 水が閏1月に入ってしまい、中国・日本の太陽太陰暦の基本である二十四節気 における「雨水を1月の中気とする」「中気の無い月を閏月とする(閏月に中 気を含めてはならない)」とする基本原則が破綻してしまうことになる。三 島暦は宣明暦の原則よりも暦法の根幹である二十四節気の基本原則を維持す るためにあえて進朔を先送りにしてそのまま閏12月を設けたと考えられてい る。」 と解説されていますが、京暦では雨水は閏1月におかれておらず(1月30日が 雨水)、この解説は納得しかねます。 想像される理由としては、 1.小余が6352であり、6300より少し大きいだけなので進朔を行わなかった。 2.三島暦作暦者が計算を誤り、小余を6300以下と認識していた。 といったことが考えられますが、いかがでしょうか?
残念ながら、大統暦も三島暦もよく知りませんが。 大統暦が授時暦から一年の日数の消長(*)を省いたものとすれば、 y を西暦, nを二十四節気番号として二十四節気は、 +2188926.0600 + ((y + n/24) - 1281) * (365 + 2425/10000) (*)授時暦では100年ごとに 2425 を2 ずつ減らしていく 1583年前年冬至から計算すると 冬至( 0) : 1582 12 22 (2299229) 壬午(18) 2950/10000 大寒( 2) : 1583 1 21 (2299259) 壬子(48) 7318/10000 雨水( 4) : 1583 2 21 (2299290) 癸未(19) 1687/10000 春分( 6) : 1583 3 23 (2299320) 癸丑(49) 6056/10000 穀雨( 8) : 1583 4 23 (2299351) 甲申(20) 425/10000 同様に宣明暦(京暦)では、 -2580308749 + ((y + n/24) + 7069316) * (365 + 2055/8400) 1583年前年冬至から計算すると 冬至( 0) : 1582 12 23 (2299230) 癸未(19) 7845/8400 大寒( 2) : 1583 1 23 (2299261) 甲寅(50) 3116/8400 雨水( 4) : 1583 2 22 (2299291) 甲申(20) 6787/8400 春分( 6) : 1583 3 25 (2299322) 乙卯(51) 2058/8400 穀雨( 8) : 1583 4 24 (2299352) 乙酉(21) 5730/8400 宣明暦では、 定朔 : 1583 2 22 (2299291) 甲申(20) 6352/8400 で、6352/8400 > 6300/8400 なので、進朔して朔日は、 閏正月 : 1583 2 23 (2299292) 乙酉(21) おそらく三島暦は、この進朔をしなかったのではないかと思います。 進朔しないと、この月が正月になり前の月が閏十二月になります。
突然すみません。 以下の日付がグレゴリオ暦で何月何日になるか教えていただけませんでしょうか? 万暦10年の大統暦での冬至の日付。 万暦10年の大統暦での大寒の日付。 万暦11年の大統暦での雨水の日付。 万暦11年の大統暦での春分の日付。 万暦11年の大統暦での穀雨の日付。 天正10年の京暦(宣明暦)での冬至の日付。 天正10年の京暦(宣明暦)での大寒の日付。 天正11年の京暦(宣明暦)での雨水の日付。 天正11年の京暦(宣明暦)での春分の日付。 天正11年の京暦(宣明暦)での穀雨の日付。 天正10年の三島暦での冬至の日付。 天正10年の三島暦での大寒の日付。 天正11年の三島暦での雨水の日付。 天正11年の三島暦での春分の日付。 天正11年の三島暦での穀雨の日付。 以上、よろしくおねがいいたします。
ページ中のJavaScriptでfocus関数はやめて欲しかった。
フレーム表示に異なるエンコードが混在して文字化けになりますね。 トップページがシフトJISなのにUTF8のぺーじを表示した場合。 ー 確認機種:MacOSX10.4 Firefox2.0 ∴ 遥昔に9801にwhen.exeをインストールしたことがある者より。
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