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[Calendar/When/Exe/暦説明/本編/ギリシアとローマ起源/ユリウス暦] (前:グレゴリオ暦|次:古代ギリシア風の暦) (English)

ユリウス暦

AD1582年10月4日(カトリック教国の場合)まで使用されていた4年に1回閏年 を置く太陽暦です。本プログラムでは紀元前1年を0年と表記します。

季節との関連は全く無くなってしまうものの、紀元前約500万年まで暦法の 定義に従った計算が可能です。本プログラムでの「ユリウス暦」は施行状態と 関係なく、無限の過去まで日付を割り当てるための便法であると割り切ってい ただいた方がよいでしょう。

[ 変換 ]

ユリウス・カエサルがユリウス暦を制定した45BCは、年初の調整のため15か月 になっています。またその後も閏年の置き方に幾らか問題があったようで、 ローマ帝政開始前後及び中世前期 の現実の日付を考察する場合にはroma.rsc が必要です。

また、中世においては、春分や復活祭[9],[10]を年初としていたこと があるようで、年の扱いには注意が必要です。文献[3]によりまとめると、

  03/25 ピサ(~18世紀)
  12/25 イギリス(~14世紀)
  03/01 ヴェネツィア(~18世紀)
  03/25 イングランド(14世紀~1752年)、スコットランド?(14世紀?~1599年)
  03/26 フィレンツェ(~18世紀)

となります。何れも、以後の時代は 01/01 が年初となります。また上記と矛盾 する点もありますが、文献[11]に、より詳細な情報がありましたので、 その要点をメモして「年の初め」以下に示します。

改暦の時期や年初は、汎用太陽暦をカスタマイズして変更できます(復活祭 年初を除く)。詳細は取扱説明書5章の カスタマイズの項をご覧ください(例としてイギリスや9月年初とクリスマス年初 が混在する中世シチリアの暦事情を再現するwest.rscを添付しました)。 また、シリアで使われていた[12]暦は、312BC10月1日を紀元(セレウコス紀元) としていますが、年初が異なることを除けば完全にユリウス暦に同期しています。 この暦は +s$s で再現できます。アルメニアには、後にイラン暦の所で言及する 1年365日の暦の他にも、ユリウス暦に同期した、 The Lesser Armenian Era(AD1084.8.11元期)、 The Little Era of Azaria(AD1616.4.2元期)などがあるそうです[13]が 詳細不明です。

年の初め

Indiction

AD312 を XV とする 15年周期、番号は prima, secunda, tertia … のようにラテン語で15まで数える。一般に使われたのは13世紀の終わり までで、その後は唯一公証人の作成する文書にのみ16世紀まで残る。

 09/01
   The Greek, Constantinopolitan, Indiction
     1087 まで教皇庁尚書局(Papal Chancery~訳語については
     NIFTY-Serve 点子さん(PDE01661)に感謝)で採用。
     Alexander III(AD1159-81)の時代にいたるまで変転。

 09/24   
   The Bedan, Caesarean, Imperial Indiction,
   the Indiction of Constantine
     Bede が England に持ち込む。Alexander III時代に教皇庁尚書局も採用。

 12/25 or 01/01
   The Roman, Pontifical, Indiction
     教皇庁尚書局内外で散見される。

暦年

 01/01
   ローマ市民暦の年初で一般に7世紀まで使用された。the Spanish Era(*)が
   使用された地域ではもっと遅い時期まで生き残った。中世を通じて時折使わ
   れることもあったが、ヨーロッパ大陸で再び一般的に使用されるようになっ
   たのは、16世紀からである。
    (*)The Spanish era
        era millesima octava
          スペイン・ポルトガル・ゴール南部(西ゴート王国の支配領域)
            38BC/01/01(イースター表の元期)から数える
            (すなわち、38引くと西暦になる)
              カタロニア     AD1180 まで
              アラゴン       AD1350 まで
              ヴァレンシア   AD1358 まで
              カスティーリャ AD1382 まで
              ポルトガル     AD1420 まで

 12/25(Christmas Day)
   イギリス(the Empire~当時はフランスに領地があったので England と表
   記しなかったのか?)では、13世紀の第2四半期まで。
   教皇庁尚書局では、 AD962-1098の間。
   スペインをのぞく西ヨーロッパのほとんどの地域では、12世紀まで。
   ベネディクト会ではより遅くまで使用していたので、注意する必要がある。

 03/25(Christmasの前の) Annunciation 受胎告知日
   9世紀末のアルルに始まり、ブルグンディと北イタリアに広がった。教皇庁
   尚書局ではAD1088-1145の間使用された(local use だそうで 12/25 や 次
   項の 03/25 の期間と重複している)。ピサではAD1750まで残ったので、
   calculus pisanus とも呼ばれる。

 03/25(Christmasの後の) Annunciation 受胎告知日
   修道院で使用されていたものがフィレンツェに伝わり、フランスに広まっ
   た。このため calculus florentinus とも呼ばれる。教皇庁尚書局では
   AD1098から用いられ、イギリスでも12世紀末から使用されるようになった
   (散発的な例が11世紀半ばにある)。文献[3]でフィレンツェの年初を03/26
   としているのは勘違いか?

 復活祭
   Philip Augustus(フィリップ2世-尊厳王-在位AD1180~1223)がフランス
   に導入。オランダやケルンなど一部の地域に広がった(前日や前々日が年
   初の場合もある)。Philip Augustus の時代しか使用されなかったような
   書きぶりです。

 09/01,09/24
   9世紀後半のアングロサクソン年代記に見られる。Indiction に連動させ
   るという Bede(AD673~735頃)の提案した年初。

 09/29(Michaelmas Day ミカエル祭)
   14世紀の歴史家 Adam de Murimuth が使用した。